心が折れた日

自衛隊に入ってから、自由になる時間は出来る限り勉強に当てた。今は知らないが、当時の自衛隊は究極の体育会系の組織だった。一日の終わりには、隊内の食堂でアルコールを飲むことが出来き、ちょっとした、居酒屋み→続きを読む

面倒な母親

自衛隊の門をくぐった時から、定年まで、自衛隊にいるつもりは全く無かった。大学に進学し、将来はどこかの企業に勤めて、安定した良い暮らしがしたかった。かっこいい車に乗ったり、きれいなマンションに住んでみた→続きを読む

夢や目標、持ち続ける事の困難さ

自衛隊に入ったのは、大学に進学するためだった。大学に進学するために、可能な限り貯蓄し、一人暮らしするためのノウハウを身に着ける目的があった。だが、そんな考えは、入隊していきなり吹っ飛んだ。とにかく、毎→続きを読む

命令と自由と

自衛隊に入って、一番最初に感じたことは、とにかく、自分で考えて行動するという事が無かった。実際に、部隊に配属されてから、そうでもなかったが、特に、教育隊にいる間は、それが顕著だった。教育隊では、ラッパ→続きを読む

明けても暮れても、連帯責任

自衛隊では、事あるごとに身辺整理ばかりだと書いたが、それだけではない。当然、国を守る集団である以上、戦闘訓練がある。そして、課業に座学以外に戦闘訓練が含まれるようになると、一人一丁の自動小銃が支給され→続きを読む

地獄のような身辺整理

 自衛隊に入隊すると、最初に教育隊で訓練を受ける。期間は約3か月ほどだ。これが本当に、慣れるまでは地獄のような毎日だった。教官である班長から、毎日怒鳴られ、叱られる。そして、行動は全てが分刻→続きを読む

最初の就職先

 私が高校を卒業して、一番最初に就職したのは自衛隊だった。学校の帰り道、JRの環状線の駅を降りて改札を出た時、地方連絡部だったかな・・通称「地連」と呼ばれる人達に声をかけられたのが切っ掛けだ→続きを読む
管理人 琴峰 一歩      プロフィール

Revtank Outtakes

現在、アラフォーの年齢になった。

10代は、いじめや人間関係に悩み、
苦しみ続ける孤独な毎日だった。

20代では、不安定な経済力や仕事で苦労し、不安な毎日を過ごした。

30代に入り、無職も経験した。
本当に人生を変えたかった。

人生を変える為に、やりたい事、 挑戦したい事は沢山あった。

ただ、それに反比例して、
どうしようもなくお金が無かった。

だから、お金を使わずにできる事。

自分自身の考え方を変えた。

まず、悩み続けた不安定な経済力、雇用関係が変わった。

次に、苦手だった人付き合いが
嘘のように活発になった。

長い間、変わらなかった現実が
突然ガラリと変わった。

今は、新しい人生の夢に向かい、
挑んでいる。

そして、それは少しづつ実現中だ。

 

 

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