丁度、20代半ばに差し掛かる頃、水商売を辞めた。
余りにも色々な事がありすぎ、疲れてしまった。
切っ掛けは、身体を壊し、病気になって入院した事と、
ずっと世話になっていたマネージャーとチーママが結婚して、
お店を去った事だった。
何となく心に穴が開いてしまい、そろそろ潮時だと思った。
大学も順調に単位を取り続けていて、何も問題はなかったが、
心機一転しようと、思い切って引っ越した。
結局、それを機会に店を辞めた。
水商売を辞めた頃は、もう既に昼間は全く働いていなかった。
完全に夜型の生活になっていて、まずこれを変えるために
昼間の職場探しから始めた。
だが実際、職探しを始めると、現実は思ったよりも厳しかった。
履歴書に水商売をしていたと書くと、不採用になった。
逆に、その期間を無職にすると、経験が無いという事で
まったく採用されなかった。
何十という企業に応募し、面接を繰り返した。
ある企業の面接を受けた後、帰り際に面接官に笑いながら言われた。
「君の経歴は特殊過ぎる。」
「大人しく水商売の世界で自分で店でも経営した方がいいよ!」
「駄目だよ~?下手に昼間に働こうとしたら」
「もう普通の会社は君みたいな人間は相手にしないよ!」
そういわれて、本当にショックだった。
結局、その言葉通り何社応募しても、もう採用はされなかった。
すでに、自分の経歴では正社員として働くことは
出来なくなっていた。
残っていたのは、アルバイトか派遣社員のみだったが、
まだこの頃は、わずかな希望を持っていた。
大学を卒業さえすれば、きっと状況は変わるはずだと、
何の根拠も無くそう思っていた。
大学を卒業するまでと割り切ってアルバイトや派遣で働き出すと、
周囲と自分の考えや感覚が全然違っていることに気が付いた。
水商売をしている頃、ホステスが昼間の仕事に馴染めずに、
再び店に舞い戻ってくることが頻繁にあった。
まさか、その頃は自分がそうなるなんて考えも及ばなかったが、
実際に体験すると、昼間に働く人間とは全く馴染めなかった。
夜働く人間と、昼間に働く人間は、付き合う人間関係や、
人に対する接し方、お金の使い方、恋愛、何もかもが違った。
どう違うのかと言われても、それは些細な事だったが、
その少しの差が、とてつもない違いだった。
さらに、水商売をしていた頃のように、他人と接しても、
全然上手くいかなく、逆に評判が悪くなる始末だった。
当たり前の話だ、価値観が違うのだから。
だが、当時はそんなことも判らなかった。
それまでは、人づきあいもそれなりに出来ていたし、
ホステスのあしらいも上手かった。
人間関係が苦手だったからこそ、それを克服できたと
変な自信を持っていたが、それが全く通用しないとなったら、
本当に落ち込んだ。
自信が出来た分、それが駄目になったことで、
今度は本当に、人づきあいが恐怖を覚える程、苦手になった。
当然、夜の世界に舞い戻りたくなったが、
妙なプライドがそれを許さなかった。
その頃は、少しでも仕事や人間関係が上手くいかなくなると、
すぐに転職したり、引っ越しを繰り返した。
その度に、知り合いはどんどん減っていった。
その内に、今度は水商売で知り合った経営者や
企業の管理職をしていた客に、片っ端から電話をし、
就職の斡旋を依頼した。
こちらの事情や、人とナリを知っている人間なら、
何とかなるんじゃないかと、甘い希望を抱いていた。
最初は、みんな親身になって聞いてくれた。
だが、実際に行動に移してくれる人は皆無だった。
その内、体よく断られたり、連絡自体が付かなくなってしまい、
誰も周りには残らなかった。
誰も周囲に信頼できる人間がいなくなり、
何もかも自信を無くしてドンドンと卑屈になっていった。
そして、精神的な頼みの綱であった大学も、卒業を前にして
大事件が起こり、同時に仕事も失う状況に陥ってしまった。
この状況に完全に心が折れてしまい、立ち直れない程の
精神的ダメージで、遂に引きこもりになってしまった。
ちょうど、30歳を超えた頃だった。
琴峰一歩のプロフィール Vol7
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