お店のホステス達は、実に個性豊かだった。
そして、様々な個性を武器に、自分のファンを作っていた。
例えば、Nさんは、正統派の綺麗な顔立ちとクールな雰囲気で客に接し、
雑学王と言えるほどの知識で客と会話し、相手を楽しませるタイプだった。
Uさんというホステスは、母親のような世話焼き型で、
客の愚痴をずっと聞き続けて、スッキリして帰ってもらうようなタイプだった。
その他、甘え上手だったり、今でいうツンデレだったり、
お笑い系だったりと、皆、接客スタイルも千差万別だった。
その中で、病弱というか弱さを前面にだして、相手の保護欲をそそる事で
売り上げを伸ばすスタイルの、Rさんというホステスがいた。
Rさんは、とにかく自分は弱いという事を前面に出した。
体調が悪い、気分が悪い、本調子じゃない、本当はお酒に弱い、
何かにつけて、「弱い」という事に結び付けていた。
店も、そこそこ休みがちだった。
Rさん目当てで来る客が、本人が休みだと聞くと本気で心配していた。
中々会うことが出来ないという希少性を狙った、
実に巧妙かつ見事なやり方だった。
本人も、あまり周囲に気を配る感じでもなく、
逆に客の方がRさんを気遣う感じだった。
そんな感じで接客に少々難があっても、不思議とクレームはなかった。
それよりも店に対して、Rをこき使い過ぎだといった
逆クレームが入るほどだった。
とにかく、周りが寄ってたかって、Rさんを盛り立てるというか、
何とか支えてやろうという感じが良く伝わってきた。
最初は、周りのホステスのキャラクターが強すぎて、Rさんの存在は影が薄かった。
ただ、Rさんと初めて話したとき、とても優しく丁寧な話し方が印象的だった。
私が周りから「イチ」と呼び捨てにされていても、Rさんは「イチ君」とか
「イっ君」そんな感じで呼ばれていた。
だから、丁寧に名前を呼んでくれるRさんを、何となく「良い人だな」と思っていた。
Rさんには、何人かの太い馴染みの客がいて、それぞれが自分こそが
彼女を支えることが出来ると思い込ませていた。
私も最初の頃は、そんなRさんにすっかりと騙された感じなっており、
本気でRさんの調子が悪いと思い込んでいた。
何かの時に、出勤したRさんが元気が無さそうだったので、
マネージャーに休ませた方が良いのではと、話したことがあった。
マネージャーは「だったら、本人に聞いてみたらいいじゃん」と、
ニヤニヤしながら取り合ってもらえなかった。
それならと、後日、開店前の休憩室にいるRさんに聞いてみた。
「体調が悪いなら、今日はこのまま帰って、お休みしますか?」と。
私の問いかけにRさんは、「大丈夫よ、イチ君、ありがとうね」と
ニッコリ笑って部屋を出て行った。
次の瞬間、ホステスのJさんに「馬っ鹿じゃねーの?」といって
笑いながら、後ろから蹴りを入れられた
「イチ~、あんたは間違いなく、結婚詐欺に遭うね~」とNさんに肩を叩かれた。
「その前に身ぐるみ剥がされて終わるって」と
他のホステスに大笑いされた。
ぶりっ子というか、甘え上手が売りのHさんが、教えてくれた。
「あれはね!相手の気を引く演技!そういう設定!」
「ああやって、相手に心配させ続けるの!Rは!」
「ワザと気丈に振舞ってんの!わかる?イチ?」
「ああやってさ、男に心配させたり、俺がいなきゃダメだって思わせたら、
女の言うことは、全て逆に受け取るようになっちゃうの!男はさ!」
Hさんの言葉に妙に納得してしまった。
Rさんが「大丈夫よ、イチ君、ありがとうね」といった時、
確かに「いや、そうは言っても、Rさんは本当は大丈夫じゃ無いんじゃないか?」
と思ってしまった。
そう言われてみると、確かに、すっかりRさんの術中に
嵌っていた感じだった
それ以降、注意深くRさんを観察するようになった。
確かにHさんが言うとおりだった。
R 「本当に大丈夫だから、私、無理なんてしてないよ~」
客「いゃ!絶対無理してるって!俺にはわかるんだよ!」
R 「気にしないでね、あなたに迷惑かけるつもりないし」
客「そんな水臭いこと言うなよ!気にするに決まってるだろ!」
もう見事としか言いようが無かった。
心の中で、「あなた!騙されてますよ!」と何度も言いそうになった。
だが、実際はRさんは客に多大な要求をするわけでもなく、
彼女なりの一線を引いている感じだった。
後年、Rさんは彼女を支え続けた客と結婚し、相手の転勤で引っ越していった。
この一件を通じて、自分の売りや武器、といったアピールポイントは、
必ずしも長所だったり、強みである必要はないんだなと思った。
考えてみれば、ホステスは女性の儚さや弱さといった部分を
巧みに武器として使う事で、男を手玉にとっていたのだ。
例えば、何かの問いかけや質問に対して、「わかりません」と
答えることは勇気がいるし、相手に馬鹿にされることだってある。
だが、ホステスは巧みに「え~?そんなのわかんないよ~」というと、
それは、男の保護欲を誘うような武器になるのだ。
この経験は、その時は、「は~、なるほど」という感心と
私の中に「女は怖い!信用できん!」という拭い難い不信感を植え付けて
終わってしまい、役立たせることは出来なかった。
だが、ずっと後になって、逆張り思考の一助になった。
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