人付き合いを重ねながら、いつしか相手に期待を寄せてしまう…
そういう事を繰り返しながら、人付き合いを重ねるたびに
どんどん心が疲弊していった時期があった。
他人との関わりや人付き合いの中で
期待通りにならず、繰り返し失敗を重ねることに対して、
私は一つの仮説を立てるようになっていた。
それは、相手と価値観が合わない事が、
人付き合いで失敗を繰り返す根本的な原因では?
そんな事を考えるようになっていき、自分の期待通りに
どうしたら心から分かり合える相手と仲良く出来るのかを
何時も頭の中で考え続けるようになっていった。
当時、20代の頃だったが、まず相手と仲良くなり始めてから、
少しでも何かウマが合うとメチャクチャ嬉しくなり、
つい相手に対して、過剰な期待を持ってしまうようになった。
ずっと人とは違う「変わり者」のレッテルを貼られ続けてきて
常に周囲との温度差を感じて生きてきた。
それ故に、相手とウマが合うというという事は
一種の憧れのようなものと、期待感で一杯だった。
だから、人付き合いの中で価値観が少しでも合う相手には
過剰な程に、勝手な期待を寄せるようになった。
そして、厄介なことにこの相手に対する過剰な期待感は
0か100の極端なものだった。
つまり、何から何まで好き嫌いが全部一緒という事を
相手に対して期待してしまった。
少しでも、相手と好き嫌いの部分が違うと
相手に対して勝手に落胆してしまうようになった。
特に、相手が自分が嫌いなものを好きだったりすると、
そのショックは途轍もなく大きなものになった。
なかでも、友人だと思っていた相手が、
私にとって嫌いな人物や関わりたくない人間、
そんな相手を評価していたり、仲が良かったりすると
もう生理的に駄目になってしまった。
「もうこいつとは友達として仲良くできないな…」と考えてしまい、
心は裏切られた感で一杯になり、すぐに距離を置くようになった。
そして期待していた分、自分の期待通りに行かない事で
相手を憎んだり、ひどい時には恨むようになったりした。
いつしか、期待しては裏切られるを繰り返すうちに、
私には気が合う相手を見つけるなんて不可能だと
ひどく落ち込むようになっていき、それが劣等感となって
心に溜まっていった。
そして、その劣等感が強くなるほどに、期待感の反動として
自分自身が傷つくことを、異常に恐れるようになっていった。
結果、何時の間にか自分の心の中で他人と関わる事から
孤立する方向へと、行動が変化していった。
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