良い人、嫌な人


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「口をへの字に結ぶビジネスパーソン」の写真[モデル:大川竜弥]


裏方の片付けや掃除ばかりやっていた時は、
ホステスやホールスタッフ、それにお客に接することはなかった。

洗濯機を回したり、掃除道具を洗ったり、食器を洗ったりと、
洗い物関係ばかりだった記憶がある。

それ以外は、拭き掃除ばかりだった。

ホールの手伝いをするようになると、

メインの仕事は人との関わりあいになった。

最初の頃は、マネージャーに「お前」とか「てめー」とか言われていた。

この頃になると、一歩という名前からイチと言われるようになっていた。

本当は「かずほ」というのだが・・・


それからは、何かあると「おい!イチ!」と言われるがまま、仕事をした。

「おい!イチ!2番テーブルの灰皿変えてこい!」
「イチ!4番テーブルのアイスペール変えてこい」
「イチ~!お前、どこ見てんだよ!グラス変えてこい!」


もう、何がなんだが訳が分からなかった。

そのうち、何となく言われる前に灰皿やグラスを用意したり
自分なりに考えられるようになってきた。

すると、今度は、「いつまでも指示待ちしてんじゃねーよ!

さっさと動けよ!」と、また別に叱られるようになった。

叱られない日なんて無かったと思う。

何をやっても叱られていたが、段々と精神的に余裕が出てくると、
ホステスや客の好し悪し、周囲の状況が嫌でも分かるようになってきた。

最初は全く分からなかったが、ホステスが休憩などで
一旦奥の部屋に戻った時などの態度で、「あ、苦手な客なんだろうな」とか
「あ、きっと楽しいんだろうな」などと、推測するようになった。

そのうち、戻ってきたホステスが楽しそうにしていたり、

逆にイライラしてると、どんな客なのか興味が湧いてきた。

当たり前の事なのだが、クラブなんて非日常的な空間は、

最初から客が楽しめるような雰囲気作りの演出を色々としてある。

だが、接客業なら大概当てはまるが、客にとって居心地が良いという事は、
その分、従業員の負担は相当なものになる。

特に、お酒が入ることで、モラルやその他、

色々な精神的制約のハードルが下がってしまう環境においては、尚更だ。

普段、どんなに取り繕っても、何かの切っ掛けで

その人の考えや本心が行動に出たり、言葉に出たりする。

Iさんという客がいた。

どこかの会社のそれなりの地位の人で、物腰柔らかく、言葉遣いも丁寧だった。

いつも何人かの部下をつれて、1週間に何度も店に来ていた。

Iさんは、E美というホステスがお気に入りだったが、E美さんは彼を嫌がっていた。
「あいつは人の事見下してるから嫌なんだよ」

いつもE美さんは言っていた。

とはいえ、傍から見る限りは、感じが良いIさんが、

どうしてそう思われるのかが不思議だった。

だが、実際に何度か話してみて理由が分かった。

どんなに、言葉を取り繕っても、それは伝わってくるものだし、
何となく、悪意を感じ取ってしまうのだ。

無論、本人はそんなつもりは無いんだろうが、伝わるものがある。

むしろ、無意識でやってしまう分、根は深いんだろうと思った。


例えば、うまく説明できないし、些細な事かもしれないが、

「あれ何だっけ!ほらアイツ」とか、Iさんは何度も指名しているホステスの

E美さんの事も、名前も知っているくせに平気で他のホステスに

そういう事を言ったりしていた。

 

要は、自分にとってE美なんて取るに足らない、名前も覚える必要を感じない、

その程度の相手だと、言っているようなものだった。

チョットした事だが、相手を暗に貶めて、自分を大きく見せるような人だった。

 

それなのに妙に相手を気遣うような言動が、却って白々しく感じた。


逆にAさんという常連さんがいた。

すぐに怒るし、言い方はキツイし、正直苦手だったが、
ホステスの人気は高かった。

IさんとAさんは、最初は私の中では真逆の印象、評価だった。

だが、何度か接しているうちにAさんが相手にきちんと

向き合っているんだという事が良く分かった。


Aさんは相手の些細なことも、ずっと気にかけてくれるような人だった。

 

初めて、Aさんに相当キツク叱られた時があった。

 

その時は、かなり落ち込んで、以後、Aさんが店に来ると、

緊張してドキドキした。

 

大分時間が経ってから、何かの拍子に、マネージャーに言われた。

 

「イチ!Aさんが呼んでるから、6番テーブル行ってこい!」

 

正直、嫌で、このまま帰りたかったのを覚えている。

 

Aさんの元へ行くと、開口一番言われた。

 

「大分と動きが良くなってきたんじゃねーの?」

「あんときウルセー事いって悪かったな」

 

あとから、ホステスの何人かに聞いたが、Aさんは自分が言った言葉で

相手が気に病んでないか、くよくよと気にするような人だった。

 

そして、Aさんは自分の感情ではなく、相手の事を考えて

色々と言っていることが、仕事をしていく上で、良く分かった。

だったら、最初から言葉を選べよ、とも思うが、

きっと自分にも周囲にも正直な人だったんだと思う。

他にも、書ききれないが、色々な人間を見ることが出来たのは、

自分にとって、その時は全く気が付かなかったが、後々大きな財産になった。

嫌な人間、良い人間には、必ず傾向性があることもわかった。

今でも、気を付けているが、良い人、嫌な人を決めるとき、
自分にとって気分良くしてくれる人か、そうじゃないかで
区別してしまう事が多い。

色々な人と会うようになった今でも、
やっぱり好き嫌いで人を判断しがちだ。

そんな時は、水商売の頃の経験を思い出して、
思考をリセットするようにしている。

ただ、この時は、私は余りに子供過ぎた。

自分の事で精いっぱいで、当時はこの体験も全然生かすことが出来なかった。

 

偉そうに書いているが、ずっとずっと後になって、初めて良い経験だったと

思うようになった。


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管理人 琴峰 一歩      プロフィール

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現在、アラフォーの年齢になった。

10代は、いじめや人間関係に悩み、
苦しみ続ける孤独な毎日だった。

20代では、不安定な経済力や仕事で苦労し、不安な毎日を過ごした。

30代に入り、無職も経験した。
本当に人生を変えたかった。

人生を変える為に、やりたい事、 挑戦したい事は沢山あった。

ただ、それに反比例して、
どうしようもなくお金が無かった。

だから、お金を使わずにできる事。

自分自身の考え方を変えた。

まず、悩み続けた不安定な経済力、雇用関係が変わった。

次に、苦手だった人付き合いが
嘘のように活発になった。

長い間、変わらなかった現実が
突然ガラリと変わった。

今は、新しい人生の夢に向かい、
挑んでいる。

そして、それは少しづつ実現中だ。

 

 

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